2018年11月26日月曜日

心の積み重ね【風牙】《感想》

「ランドスケープと夏の定理」とともに第5回創元SF短編賞を受賞した作品「風牙」を含む4つの作品が収録されています。
「ランドスケープと夏の定理」感想⇒

あちらが宇宙をテーマに人間知性を描いていたのに対し、こちらは記憶や人格、心といった部分を軸に人間を描かれています。
例えるなら、マクロとミクロといった感じです。

「記憶」も「人格」も「心」の積み重ねで、その「心」は脳内での電気的もしくは化学的な反応の結果という、冷静な視点もありながらも、「家族」という温度感溢れるテーマを扱われている、とても奥行きのある作品です。

また、収録されている4作、すべてが異なる雰囲気の作品であることに作者の門田さんの実力を感じさせられます。
解説で長谷敏司さんが「構成力」と称されてるのは、これのことかと思いました。

表題の「風牙」は冒険味も溢れた1話目らしい話です。
関西弁女主人公、珊瑚とパートナーの孫くん(AIっぽいサポートシステムで見た目はハリネズミ)のリズム良い掛け合いがとても愉快です。
解説にて、「ベスト犬SF」と称されていますが、私はそんなに犬々しさは感じませんでした...。
確かに犬の出てくる良いSFですけれど...。

次の「閉鎖回廊」。
これはタイトル通り、ややホラーめな雰囲気も感じさせます。
ただホラーではありません。
作者の意図とはずれるかもしれませんが、私は犯罪加害者について、考えさせられた話でした。
「風牙」が「記憶」について描かれているのに対し、こちらはやや視点をずらして「人格」について描いたような感じです。

続く3つめは「みなもとに還る」。
これは主人公珊瑚の過去が鍵となる話です。
ここでは宗教団体が出てくるのですが、私はそれに対して不要な警戒をしてしまって、読後、自分が偏見を持っていることについて反省しました。
偏見というのは、誰もが持ちがちではありますが、本当は余計な色眼鏡で、相手の本質を見誤らせる一因になってしまうものだと思っています。
なので、気をつけようと思っていたんですけれど、多少は偏見を持っているものなんだと自覚させられました。
これも作者の書こうとした作品のテーマとは少し違うかもとは思うんですけれど...。

最後の「虚ろの座」は、一番好きな話です。
「みなもとに還る」に大きく関係する話ではありますが、他の3つとは異なり、珊瑚視点ではありません。
なので、最初は『この作品が締めなの?!』とちょっと物足りなかったんですが、読後は凄く満足でした。
静かながらも不穏さの漂う展開、後半バラバラと明らかになる事実、物悲しさ...。
登場人物の絶望が、読者視点だと救いであり、この1冊の締めに相応しい話でした。
珊瑚の話の物足りなさは、他の三作を再読して満たそうと思います(笑)

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